新しい保守派経済学――アメリカ資本主義の再構築
American Compass が掲げる Conservative Economics(保守派経済学) は、レーガン以後の共和党主流派・市場保守主義・フュージョニズム的経済政策とは毛色の異なる保守経済思想ですが、徐々にその存在感を増しています。
「これまでの保守派の経済思想」が減税・規制緩和・自由貿易・反労働組合を重視しているのに対し、この「新しい保守派の経済思想」が重視するのは、労働者や家族、地域共同体、産業基盤、国家利益であり、これらを市場経済の上位目的として位置づけたうえでの経済政策を考える思想です。
American Compass の公式説明では、自由市場は富の創出に不可欠である、という従来通りの認識を示しつつも、従来の自由市場観は、
効率性 > レジリエンス
消費者利益 > 労働者・家族・共同体の厚生
という特徴と欠陥を持ち、過去40年の右派経済思想が「経済的自由」を自己目的化し、減税、規制緩和、自由貿易に収斂してきたと批判します。
つまり、自由市場が公益と結びつく制度的条件を失ったことを問題として捉え、そのうえで、新しい目的に沿った生産的な市場を作ろうとする試みが、この conservative economics です。
この考えをより具体的な政策パッケージとして体系化したものが、American Compass の 2023年政策ハンドブック「Rebuilding American Capitalism(アメリカ資本主義の再構築)」です。
そしてトランプ期以降の共和党、対中経済安全保障、関税・産業政策、保守的労働政策を理解するうえで、この概念は一つの重要な思想になっています。
新しい保守経済学に至るまでの流れ
この保守経済学の中心的な起点の一つが、Oren Cass の 2018年の著書 The Once and Future Worker です。同書では、米国の経済政策コンセンサスが「消費者厚生」を重視しすぎ、働くこと、家族を支える賃金、地域共同体の安定を軽視してきたと論じました。
その後、American Compass が 2020年に Cass を中心に設立されました。設立時の「A Note of Introduction」では、家族、共同体、産業が米国の自由と繁栄の基礎であるという経済コンセンサスを回復することを目的に掲げ、既存の右派政策機関では十分に扱われなかった議論の旗艦やフォーラムになると説明しています。
ただし反発だけではなく、American Compass は自らを米国の「国民経済」的伝統にも接続しようとします。
同組織の「The New Conservatives」のページでは、米国史には産業、インフラ、労働市場を形成する積極的な国家経済政策の伝統があると主張し、市場は社会の中に埋め込まれており、共通善に資するとき初めて価値を持つと論じています。
そこにさらに重なるのが、対中競争と経済安全保障の文脈です。中国の産業政策、サプライチェーン依存、パンデミック時の供給途絶、ロシアのエネルギー武器化は、自由貿易と効率性中心の秩序に対する疑義を広げました。CFR の 2025年タスクフォース報告書も、AI、量子、バイオテクノロジーなどの基盤技術、重要サプライチェーンの集中、民間資本の過少投資、市場失敗を、経済安全保障上の政府介入が正当化されうる領域として整理しています。
American Compass はこの広い潮流の中で、保守的・労働者主義的・国家主義的な解を提示しようとしています。
主要論者・機関 ―― 「ニューライト」の経済部門
この中心的論者は先ほど言及した、American Compass 創設の中心である Oren Cass です。同組織は労働、家族、金融、貿易、産業政策に関する多数の提案を出しています。
Belfer Center の 2025年論考は、American Compass を「右派側で産業政策を支持する最もよく知られた新組織の一つ」と位置づけ、保守的社会価値と積極国家を組み合わせる政策群が共和党スタッフの間で一定の影響力を持ったと整理しています。
この論の周辺には、American Affairs、Compact など、ポストリベラルまたはニューライト系の媒体・知識人がいます。政治家としては、Marco Rubio、J.D. Vance、Josh Hawley、Tom Cotton らが、程度の差はあれ、労働者重視、対中強硬、反グローバリズム、産業政策に親和的な右派として位置づけられるほか、American Compass の論集にも Rubio や Elbridge Colby らの論考が収められている程度には近い関係を持つことが見られます。
アメリカの資本主義を再構築する ―― Rebuilding American Capitalism
American Compassは自らのミッションを、家族、共同体、産業を重視する経済的コンセンサスの再建と説明しています。ここで用いられているのが、Rebuilding American Capitalismです。
Rebuilding American Capitalism(アメリカ資本主義の再構築)は、米国資本主義を
生産的市場(productive markets)
支える共同体(supportive communities)
応答する政治(responsive politics)
の三本柱で再構成する構想となっています。
Rebuilding American Capitalism では、従来型の保守経済学を「市場原理主義」「消費者中心」「株主価値中心」「自由貿易中心」に偏りすぎたものとして批判します。
従来型が「市場を解放すれば成長する」と考えるのに対し、Rebuilding American Capitalism は「市場は政治的・制度的に設計しなければ、家族・労働者・地域・産業基盤を壊すことがある」と考えます。
これは自由市場そのものを否定しているわけではなく、むしろ、自由放任的な市場が、オフショアリング、過度な金融化、地域の衰退、家族形成の困難を生み出したならば、市場の「前提条件」を政治が組み直すべきだ、という議論です。
この「アメリカ資本主義の再構築」の背景には、3つの流れが見えます。
1つは、Alexander HamiltonからHenry Clayに連なる「American System」(保護貿易・中央銀行再建・国内開発等に代表される政府主導の経済開発政策:重商主義的経済計画)への参照です。Robert LighthizerはAmerican Compass の論考では、関税、インフラ、補助金、国内産業育成を米国の歴史的伝統として描き、戦後の自由貿易中心主義はむしろ例外だと主張しています。
2つめは、カトリック社会思想、コミュニタリアニズム、家族政策重視の保守思想です。労働者と家族のアジェンダがここに関わります。
3つめは、対中競争、サプライチェーン脆弱性、半導体・重要鉱物・防衛産業基盤をめぐる経済安全保障論です。アメリカに資する経済を重視するという考えです。
この組み合わせが、Rebuilding American Capitalismを古典的な保護主義とも、レーガン期の小さな政府保守主義とも異なるものにしています。
この思想は、現在の市場への不信はありますが、一報で社会主義的な国有化を目指すのではなく、民間企業の投資・雇用・生産拠点が国家目的と整合するよう、税制、規制、調達、通商、金融市場ルールを変えるという発想を用いています。
政策への反映――共和党綱領、通商政策、国家安全保障
American Compass 型 Conservative Economics の実際の影響は、公式文書にも表れはじめています。
2024年にトランプが再選を目指すなかで採択された共和党綱領では、政治家が不公正な貿易協定とグローバリズムによって雇用を海外へ売り渡したとし、共和党を「産業、製造業、インフラ、労働者」に根ざす政党として描き直しました。これは従来の共和党の立ち位置とは大きく異なる位置づけです。また、米国を製造業超大国に戻すこと、アウトソーシングを止めることを掲げています。(ただし同綱領には減税、規制緩和、エネルギー開発、イノベーション促進など従来型の共和党経済政策もかなり残っています。)
当選後、2025年の USTR「President Trump’s 2025 Trade Policy Agenda」でも、製造業の GDP 比率を高め、実質世帯中央値所得を引き上げ、貿易赤字を減らすことを明示的目標に置き、貿易協定を労働者、賃金、産業基盤への影響から再点検し、米国生産のリショアリングを追求するとしています。これらは、貿易政策を消費者物価や総余剰だけでなく、労働・産業・国家安全保障から評価する American Compass 的発想と重なりますし、2025年4月の相互関税に関する大統領令も、この文脈です(ただし2026年2月にIEEPA に基づく包括的関税には法的限界が示されました)。
とはいえ、American Compass が単独で共和党政策を動かしたというより、同組織の概念が、トランプ以後の共和党に広がった、労働者重視や対中強硬、産業基盤重視、反グローバリズムの問題設定とうまく合致している、と割り引いて見るべきでしょう。
論争軸1――自由貿易批判か、保護主義のリパッケージか
新しい保守経済思想の支持派は、標準的な自由貿易論が前提とする調整メカニズムが壊れていると認識します。比較優位に基づく貿易は総所得を増やしても、特定地域の雇用喪失や賃金停滞、ひいては家族形成の困難へといった問題を引き起こしていると考えます。それだけではなく、技能基盤の消失や軍需・医薬品・半導体などの戦略的依存も軽視していると主張します。そのため、関税や投資規制、公共調達や産業補助金は、旧来の右派のいう「市場を否定する介入」ではなく、国民経済を再構築するための制度設計だ、という立場です。
これに対し、リバタリアン系・主流派経済学系の批判もあります。右派シンクタンクのCato Instituteは Cass の議論について、Cass の米国経済認識を悲観的すぎるとし、消費者利益を軽視する生産者中心主義が、かえって実質賃金や生活水準を損なう恐れがあると論じます。また American Compass が多用する「金融化」という概念も定義が広すぎ、原因と結果を切り分けられていないと論じます。
整理すると、
支持派:価格上昇や効率性低下を認めつつも、国内投資や雇用、交渉力やレジリエンスをより上位にあるべき価値として見る
批判派:そうした価値を否定するのではなく、広範な関税は同盟国関係や消費者、輸出企業や制度的予見可能性を損ない、目的に比して粗すぎる手段だと見る
という論点の違いがあると考えられます。
論争軸2――「保守的労働運動」は労働者の権力を強くするのか
American Compass は、労働組織を左派の専有物ではなく、保守主義が重視する中間団体・市民社会の一部として再評価します。2023年のRebuilding American Capitalismは、労働組織を、労働者が共同で交渉し、過度な行政規制に頼らず労働条件を改善する制度として扱い、セクター別交渉や労働代表制度を提案しています。
これに対する左派からの批判は、American Compass の労働政策が労働者の集団的権力を十分に認めない、というものです。Jacobin や New Labor Forum などの左派系メディアからは、保守的労働運動が一部の労働者向け給付や職場代表を認めても、移民排除、企業統治への従属、ストライキや政治動員を伴う強い労働運動の再建には踏み込んでいないという批判があります。
American Compass 側はこれに対し、移民執行は排外主義ではなく、労働法・雇用法・移民法を実効化し、低賃金労働を利用する企業の抜け道を塞ぐ前提条件だと反論しています。
ここでの対立は、労働者保護の単なる強弱ではなく、「労働者」を国民共同体の成員として定義するのか、移民を含む階級的主体として定義するのかという、政治的境界線の引き方にある、と整理できるでしょう。
日本への含意
American Compass 型 Conservative Economics を「一時的なトランプ個人の保護主義」とだけ見ないほうがよいように見えます。これは今後も共和党内の政策人材や通商官僚、議会保守派や経済安全保障論者をつなぐナラティブとして通用し続ける可能性が高いからです。
そしてこのナラティブが有効である期間において、日本企業は、米国市場への輸出や対米直接投資、現地雇用、サプライチェーンの米国内・同盟国内配置を、従来以上に政治経済上の説明責任として問われる可能性がある、ということが想定されます。
特に自動車、電池、半導体、医薬品、金属、造船、重要鉱物などは、米国側が「市場アクセス」ではなく「国内能力」「防衛産業基盤」「労働者利益」といった考えをもって評価する分野です。これらの領域は日本にとってリスクであると同時に、同盟国としての産業協力を制度化する余地でもあります。
ただし一報で、American Compass のナラティブがある限り、「同盟国なら自動的に例外」という発想ではなく、日本のような同盟国であっても、アメリカファーストの基準が優先されることになるでしょう。日本側は自由貿易秩序の原則論だけでなく、米国内雇用、共同生産、重要部材の安定供給、対中依存低減といったアメリカへの貢献や、アメリカ側の政策目的との整合性をより具体的に求められるようになるかもしれません。
その意味で、従来のアメリカの「自由主義的な経済に基づく政治的保守」とは異なる、新しい意味での「保守主義的な経済に基づく政治的保守」にどう付き合うのかが、日本の政治や経済界に求められる知恵のように思います。
今後の展望
Conservative Economics の今後を左右するいくつかの論点があります。
第一の論点は、アメリカが関税・産業政策をどのように有効かつ適切に活用できるかです(すでに関税などは始まっていますが)。最高裁判断が示したように、広範な行政裁量だけで「関税国家」を作ることには法的限界がありますし、実際に関税や産業政策が、アメリカ国内に効果をもたらすかといえば、そうとは限りません。インフレリスクなどもあります。その実効性や成果は今後確認がなされ、成果によってはナラティブは弱まっていくでしょう。
第二に、労働者重視がどこまで実質化するかです。保守派が労働組織や賃金を語ること自体は米国保守派の大きな変化ですが、それが労働者の交渉力強化に向かうのか、移民制限や家族の規範を中心とする文化右派に吸収されるのかは未知数です。
第三に、対中競争と経済安全保障の名のもとで、どこまで市場を再設計するのかという線引きです。AI、半導体、量子、バイオ、造船、電池、重要鉱物では政府介入の正当化は比較的容易ですが、消費財全般や通常の製造業にまで広げれば、コスト、報復、同盟摩擦、国内インフレの問題が強まります。また製造業の再興が本当に可能なのか、といった論点も残ります。
最後に、American Compass が提示する「家族・共同体・産業」の価値は、保守派経済政策に厚みを与える一方、誰を国民経済の成員とみなすのか、どの家族形態を支援するのか、どの産業を守るのかといった点で政治的選別が不可避となります。
つまり、市場を政治から切り離すのではなく、市場をどの共同体のために設計するのかを正面から問われている、ということです。
少し引いて見てみると、新しい右派が労働者・製造業・産業基盤を語り、民主党周辺の一部リベラル派・中道派がアバンダンスアジェンダで住宅、エネルギー、インフラなどの供給制約に向き合うというのは、過去の思想から見ると「ねじれ」が起こっているようにも見えます。
これは米国政治が過去数十年の市場中心・再分配中心の対立だけでは捉えきれない、新しい社会思想の基盤を模索していることや、新しい資本主義の形を次に向けて作ろうとしている、とも読める動きではないでしょうか。












